pyridoxin's Weblog

引用、転載自由のPainterで描いたイラストを晒すブログ。PhotoShopやIllustratorもたまに使う。 プログラマとして私に興味がある方はhttp://d.hatena.ne.jp/pyridoxin/へどうぞ

明の滅亡

久しぶりにジムいきました。でも、そのことを日記にしても誰もわからないので趣味のはなしを・・・私、歴史が好きなんです。でも三国志と戦国時代にはあまり興味がありません。 私的に一番熱いのが明の滅亡です。マニアニックですね・・・では説明を・・・

時は17世紀前半、皇帝の贅沢な生活により国は乱れていた。そのころ呉三桂は明の国境、山海関から首都北京に防衛の任を帯びむかっていた。その途中1人の密使が呉三桂に面会を求めた。

「反乱軍の長、李自成が北京を陥落させたもようです。」

その報せを聞いた彼は背筋が凍りついてしまった。というのも当時国境付近で女真族の活動が活発になっていたからだ。 彼の軍は北は女真、南は反乱軍の脅威にさらされたことになる。彼は迷った。

「1人で生き抜く事は不可能だ、しかし反乱軍につくか女真族につくにしろ明を裏切ることになる。」

彼が思案している中、ある男が入ってきた。

「総督、どうか女真におつきください」

その男は入ってくるなりそういった。服装を見た限りわが軍の兵士のようだ、彼は疑問に思った。なぜ女真なのかと

「それはなぜだ、第一、女真は異民族ではないか」

その男は答えた

「李自成はただの盗賊です、その証拠に北京で略奪を行いました、一方、清のドルゴンはばらばらだった女真族をまとめることができました。それは王に値します」

その話をきいた呉三桂は部下を呼んだ

「いまからドルゴンにつく、これはドンゴルにあてた書簡だ、届けよ」

その後、彼は清の藩王として栄華を極めた、明の最後の皇帝、永暦帝を自らの手で殺したこと以外、彼はいたって満足だった。

ある日、康熙帝に呼ばれた呉三桂は絶句した「朕は藩を世襲にするつもりはない」と皇帝がいったからだ。 つまり取り潰すということだ。 彼は反乱を起こすことを決意した。 そして各地の有力者あてに「女真族を追い出して漢民族の国家を復興すべし」と書いて送った。 しかし自ら清を呼び寄せ、明の皇帝を殺した彼の檄文には説得力がなく、彼の軍は皮肉にも漢人が主体になった清軍に辺境へとおいやられた。そして彼は失意の中、病になり子を呼び寄せてこういった。

「どこで間違ったのだろうか、清軍に投降した時だろうか・・・皇帝を殺したときだろうか・・・」

彼はそういい残すと静かに息を引き取った

  1. 2005/05/13(金) 00:28:08
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